2001 年 3 月 4 日 (日) 沖縄 (3)

さて、パレット久茂地の前から、バスに乗りました。 とりあえず、島の中部の嘉手納の方に向かおう、ということで、 そちら方面のバスに乗りました。 何と言っても、前回来たときは米軍基地の方には行っていないので、 今回はそちらの方にも行ってみよう、ということです。

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バスの窓には、赤外線低減のシートが張ってあり、 景色がボケボケです。 これは県庁。

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途中で普天間基地の近くも通ります。

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バスの右に左に、延々と続く鉄条網のついた金網があります。 この向うはすべて米軍基地、あるいは米軍関係の施設です。

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バスの中からは、西海岸的風景が広がりますが、 道路の右側は、ずっと鉄条網付きの金網です。

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嘉手納には 4, 50 分程度でつきました。 この道路の右側の高くて頑丈そうな壁、何キロ続くかもわからないのですが、 この向うがすべて、沖縄駐留米軍の嘉手納基地です。 街の中に延々と壁が続く風景は、 以前ベルリンに行った時をやはり思い出します。 しかも、もはやベルリンは「死んだ」壁でしたが、 この壁は今でも「生きて」います。

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お腹が減ったので、壁沿いの「嘉手納そば」という店に入りました。 窓からはすぐそばに壁が見えます。

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調味料は唐辛子とコーレーグースが置いてありますね。 普通はコーレーグースなんでしょう、やっぱり。

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「中身そば」を注文しました。 「ソーキそば」などの沖縄そばのバリエーションの一つで、 豚の内蔵と野菜の炒めものが載っています。 コーレーグースをかけて食べると、この辛みがやっぱりいいですねぇ。 美味しい。

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ここからちょっと北に行くと、 俗に「安保の丘」(「安保の見える丘」の方が正しい?)と呼ばれるらしい、 壁の向うの嘉手納基地がよく見える小高い丘があります。

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上に登ってみました。 見渡す限りの基地です。 そもそも、沖縄戦があれほど熾烈なものになったのも、 当時既に共産圏との亀裂が明らかになりつつあったアメリカの戦後世界戦略上、 沖縄がどうしても欲しいポジションだった、 というのもあるのでしょう。 安全保障というものがもたらすさまざまな矛盾が、 この壁の向うに集約されてあるのだと思います。 この日は日曜日だったため、それほど航空機は発着していませんでしたが、 平日や有事の際はものすごいそうです。

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壁際は、本当に壁の直前まで、 農作業やらなにやらが行われているようです。 この土地の所有権ってどうなっているのでしょうか?

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丘の上から、来た方向を望みます。

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