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第三帝国の痕跡:埋もれた史跡・作られた史跡

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さて、沖縄に行った時と同様、すこしマイナーな史跡巡りをやってみましょう。

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この近くには微妙に地味な史跡があるはず。

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あった!このマンション前の駐車場!

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一応史跡解説の看板はありました。ここはヒトラーが死んだとされる場所。総統待避壕跡地です。有名な逸話の通り、死体は発見されませんでした。

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戦後この領域はソビエト管轄区域、すなわちその後の東ベルリンとなり、容赦なく地下壕跡はつぶされ、マンションが建ち、駐車場が作られ、今に至るようです。

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現在は、かなり詳しい看板も立っています。

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子供達が話を聞いているように見えるのは、何か社会科見学みたいなものかね?

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さて、ここからほんの少しだけ歩いた場所に、 ホロコーストに関する巨大な広場状のモニュメントがあります。

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ニコンF3による銀塩写真。フィルムはフジ・プロビア100F。

深い部分に入ると、まるで迷路のよう。

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さらに銀塩写真。魚眼レンズで撮ってみました。

上を向くと、まるで空が十字架のよう…。

無数の墓石のような石が一面に並んでいます。前回、8年前に来たときはこのような場所はありませんでした。コンペで選ばれた案だそうです。

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正直、こんなモニュメントはどうなんだろうなぁ、と思わないこともないのですが、『ベルリン―“記憶の場所”を辿る旅』という本で、コンペで落ちた他の複数の案を知って、そいつらに比べたらこれも有りかなぁ、と思うようになりました。どんな案かといえば、ブランデンブルグ門を破壊して破片を敷き詰めるとか、毎日各収容所跡にバスを走らせるターミナルにするとか…。

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それはちょっと違うんじゃないだろうか…? さらに銀塩写真。

この周囲でクリーヴルスト(カレー味のソーセージ、ベルリン名物屋台料理) を売っていたインビスが、 (「ドイツ的なもの」を屋台で売っていると言う意味で) けしからんということで退去させられたという話も聞いたけれども、 そういういわば「聖地」ということなんだろうか。ここは。

ということで、ここから少し歩くとそのブランデンブルグ門があります。こちらが西側。 かつての「ニュースの現場」ですね。

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銀塩写真で一枚。

門を抜けるとかつての東ベルリン地域です。

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こちらが門の東側。かつて目の前西側を塞いでいた壁はなくなり、観光客が行き交う門となったベルリン最大の名所ですかね?

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こちらからも銀塩写真で一枚。

さて、東ベルリンの目抜き通り、ウンター・デン・リンデンをフリードリッヒ通り方面まで歩きましょう…。


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