2004 年 7 月 25 日 (日) 宮古

公園になっている東平安名崎の入り口につきました。

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まっすぐに続く道を走ります。 とても長い岬で、先端まで大体 2km くらいの距離があります。

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ここから見える海も素晴らしい。

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遠くの海で、空から海に水がなだれ落ちています。

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先端の灯台が見えてきました! ところでちょっと苦情。この売店のところでかけている BGM ですが、 今まで風の音と波の音と生き物たちの活動する音を、 自転車の旅で思い切り味わってきた後には、 不自然さだけが目立ちます。 このような素晴らしい場所では自然の音だけにしてほしいと思います。

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到着。

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すごい場所です。 この辺りまで来ると例の BGM もほとんど聞こえなくなり、 再び自然の音が広がります。

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隆起珊瑚礁の巨岩がごろごろ転がる不思議な場所です。 どうしてこんな岬ができたんだろう?

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インド洋の大津波で思い出したので追記します。 実はこれらの巨岩の多くは「津波石」と呼ばれ、 かつてこの周辺で何度も起こった大津波の跡だそうです。

この近海は、海底の地滑りなどで、 さほどマグニチュードの大きくない地震でも、 強烈な津波が発生することが多いようです。 この東平安名崎の珊瑚礁や、 東平安名崎自体の上にごろごろ転がっている大岩は、 津波によって海底から直接剥ぎ取られたものだそうです。

津波石の重さは重い物では数百トンに達し、 それらが数十メートルの陸上まで打ち上げられているということが、 津波の壮絶なエネルギーを物語ります。

近い記録に残っているものとしては、1771 年の「明和の大津波」では、 36 メートル地点まで達する大津波が宮古島を襲い、 震源地に近い石垣島では何と 85 メートルの位置まで津波が達し、 その後のマラリアの大流行や田畑の疲弊による飢饉で、 八重山や宮古の人口は激減したそうです。
(2005/01/09 追記)

雨は続いていますね…。

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灯台に登れるようなので、登ってみました。階段は約 100 段。 ここまで 40km 走ってきたわけなので、誤差、誤差 (といいつつ結構きつい)。 灯台からの眺めは…すごいね。

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これが灯台!

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振り返ってみました。宮古島の全景が見渡せます。すごい景色!

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大岩の群れ。

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ちなみにここに駐輪しています。

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この海の色!

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ふう…。

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島の南部方面です。 島の上にちょうど雲が発生しているように見えるのは、これぞ本当のヒートアイランド現象ですかね?

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まあ、汗をながしながらここまで自力で来た気分もあるのかも知れませんが、 いい場所ですね…。

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さて、灯台から降りてきました。

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さあ、戻りますかね〜。

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本当に素晴らしい景色です。

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しかしやはり、一部にはゴミが流れ着く場所もあったりするわけです。 まあ、このあたりには海外から流れてくるゴミも多いわけですが、 海にゴミを捨てるのはやめましょう…。

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ということで、平良方面に戻ります。 今日も帰りは観光モードじゃなくて運動モードノンストップになります。 したがって、帰りはほとんど写真はありません。

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『久松五勇士の顕彰碑』に続く。


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