2003 年 5 月 17 日 (土) 自宅

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南條玲子, 隆大介他『幻の湖 [DVD]』

(DVD, 2003-04-25)

とにかくあらゆる常識を越えた映画。 芸術映画を越えた超芸術映画、 文芸映画を越えた超文芸映画。 それが『幻の湖』。 上映は1,2週間で打ち切られ、 2003 年に至るまでTV放送されたこともなく、 ビデオにもなったこともなかった…。 世紀を越え、この幻の映画がついに初の映像パッケージ化! 『ロッキーホラーショー』や『シベリア超特急』が好きな人はまさに必見!


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『底抜け超大作 (映画秘宝コレクション)』

(単行本, 2001-08)

『幻の湖』を有名にしたのは、何と言っても 1996 年に出たこの本だ (リンク先は 2001 年の再版本)。 「巨大な製作費、豪華なスター、だけど中身は大惨事」な映画をまとめて笑い倒す本なのだが、 その中でもダントツの電波をビリビリと発信していたのが、 この『幻の湖』に関する記事だった。 今や『幻の湖』を見るための非公式ガイドブックと言っても良いだろう。


より子。のライブから家に帰ったら、 不覚ながら数日前に存在を知って速攻でAmazonに注文した『幻の湖』のDVDが届いていた! この日を何年待ったことか…。 絶対に映像パッケージ化されることはないと思っていたのに…。 東宝の大英断(?)に拍手! しかもパッケージを開けてびっくり。 なんとピクチャーレーベルだよ。素晴らしい!

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この映画はとにかく説明に困る映画です。 ありとあらゆる常識を越えているので、何と表現していいのか…? とにかく、事実のみから紹介すれば、 あの東宝の、創立 50 周年記念作品として製作されたものです。 監督、脚本、原作は橋本忍 (脚本として参加した作品は、 『七人の侍』、『生きる』、『羅生門』などそうそうたるもの)が担当、 橋本プロとして『砂の器』、『八甲田山』に続く第 3 作として企画されました。

主演は新人の南條玲子ですが、周囲を固める俳優は隆大介、北大路欣也、 関根恵子、星野智子、長谷川初範、かたせ梨乃などと固め、 音楽は芥川也寸志がオーケストラで荘厳なテーマを奏でるという、 まさにスペック上は文句のつけようがなし! しかし出来上がってみるとその内容があまりにもアレだったのか、 香港映画でもあるまいになんと 2 週間 (1 週間という説もあり) で打ち切りの憂き目に!

その後、関係者たちにとって「触れてはいけない過去」になったのか、 90 年代後半になってカルト映画として注目されはじめたものの、 イベントなどで上映されることがあるのみで、 TV で放送されることもなく、ビデオ化されることもなく、 長らくタイトル通り「幻の映画」となっていたのでした。

イベントになると、ストーリーも突っ込みどころもすべて把握したファンが押し掛け、 まさに日本の『ロッキーホラーショー』とでもいうべき盛り上がりをみせます (いや、仮装してくるヤツはいませんが ^^;)。 そしてその突っ込みどころの深さと豊富さは、 あの『シベリア超特急』のレベルを楽々突破し、 レッドゾーンを振り切って針が折れているような素晴らしさです。

まあ、この映画はあまりに超絶映画なので、 見る場合は先にストーリーを読んでおくことをお勧めしたほうがいいかも知れません。 私はすべてネタバレしてからこの映画を始めてみたのですが、 あらゆる想像を超越してすごかったので、 ネタバレしていてもむしろ楽しみが増した感じでした。 ちなみに、知人で当時何も知らずにこの映画を観たという人がいるのですが、 あまりの物凄さにどう反応していいのか本当に迷った、のだそうです (^^;。

しかし、Amazon のページに出ているこのストーリー要約、 よくぞこれほど短くこの作品のストーリーをまとめた、 という感じです。

橋本忍が贈る奇妙なSFドラマを初パッケージ化。何者かに愛犬を殺されたソープ嬢・道子は復讐を誓い、犯人を捜し始める。実はこの復讐劇には戦国時代からの怨念が絡んでおり、さらに事態は政府の宇宙開発を巻き込み、ジョギング対決へと発展していく。

……そもそもこんなムチャクチャなストーリーが 1 本の映画として成立している自体が何かおかしい、どうにかしている…。 ということで、前回京都まで見に行ったときに作ったページに書いた、この映画のストーリー概略をちょっと改訂して、 ここで紹介しましょう。

以下完全ネタバレなので、読みたくない人はここまでね

雄琴のソープ嬢、源氏名お市の方は、マラソンが趣味。 いつも白い犬、シロを連れて琵琶湖西岸を走っている。 でも正式な大会などに出場する気はない。 ふと走っている途中に耳にした笛の音が聞こえる気がしていたのだが、 ある日湖畔で笛を吹いていた男に彼女は出会い、そして惹かれる。 しかし一方で、 懇意にしてくれる信用金庫の行員、倉田にも好意を持つ彼女であった。

このソープランド (いや、当時の名称で呼ばれているのだが…) がまた妙なところで、 戦国時代コスプレ (帯はマジックテープ) をしたソープ嬢が、 城の名前のついた部屋でサービスするというもの。 謎のアメリカ人のソープ嬢ローザもいる (ちなみに源氏名は「キリシタンお美代」)。 このアメリカ人、なぜか外でジェット機の爆音を聴くと、
「あの音はファントム、いやイーグルか。 そうだ、イーグルは配備済みのはずだ」
などと謎のセリフをつぶやいたりする。 思いっ切り不自然に怪しい。

ある日、シロが湖畔で殺されているのが発見され、 犯人が地方興行にやってきた音楽グループの関係者で、 余興で湖畔で鯉を捌いていたときにちょっと失敗し、 犬がそこに来たのでムカついて出刃包丁で切り付けたものだということが判明する。 だが、殺されたのが犬であるということで、 なんとしても犯人を逮捕して懲役刑にしたいお市の方は、 警察と世間と法律の厚い壁に突き当たる。

復讐心とシロを殺した凶器の出刃包丁を胸に上京した彼女は、 何とかシロを殺したのが日夏啓介という音楽家であることを知る。 音楽家と聞き、なぜか突然根拠もなく笛の音の男がその日夏ではないかと疑いを持ち、 日夏の顔などを知ろうとする。 しかしここでも事務所などに阻まれ、挫折を味わうのだった。

レコード店で日夏のレコードを探り、顔写真を探すお市の方。 しかしジャケットには写真がない。 ん、「阿寒湖」「猪苗代湖」「中禅寺湖」…全国各地をテーマにした作品があるようだ。 そこでお市の方は気が付く。 琵琶湖のレコードがないのだ!
「なぜ、なぜ琵琶湖だけが?」(……??)
これ以上の情報を手に入れようにも、 事務所で門前払いをくらい続け、警備員にはつまみ出され、 絶望に打ちひしがれるお市の方。

もはや、彼女の怒りは完全にデンパに変質し、そしてそのデンパは完全にレッドゾーンへ。
「憎い…日夏が憎たらしい…いや、東京中の人間が、みんなで日夏をかばっている」
途方にくれてトボトボと歩いていたところ、突然皇居近くの道端でローザに会う。 実はローザは日本の性産業を調査していた情報機関の女スパイだったのだ。 アメリカの情報機関のネットワークを用いて、 その音楽家の写真や住所を突き止める。 笛の音の男と違い、ほっとするお市の方。

その音楽家の家に行った彼女は、 その音楽家もジョギングを趣味としているということを悟り、 彼の後を追う。 ただしペース配分も考えながら延々と追う。
「疲れてきたら詰めて競りかけ、とことんまで走らせる。 でも、それまでにはまだ時間と距離がある」
しかし、 琵琶湖の清浄な空気に慣れた彼女には、 東京のよどんだ空気は辛かった。 駒沢オリンピック公園で、 いざ追い付こうとした彼女は、 まるで映画のフィルムを急に早回にしたかのようにスパートをかけた日夏に遠く離されてしまう。

挫折の結果、 雄琴に戻ってきた彼女は、 転勤することになったという信用金庫の倉田とはじめての琵琶湖東岸にデートに出かける。 そこで彼女は自分のイメージを投影して、 孤独な無人島だと勝手に思っていた沖島の裏側に、 実は集落があったことを発見、感動する。 これを機に、彼女は倉田のプロポーズを受け入れるのだった。

しかし、そこから上映時間にしてわずか 2 分、再び笛の音の彼と偶然出会うお市の方。 あまりに早く心が揺れる彼女は心の中でつぶやく。
「この人、やっぱりこの人。どうして私は倉田さんと…」
笛の音の彼は、 戦国時代に始まるその笛と琵琶湖にまつわる戦国絵巻と悲恋物語を語るのでありました (こうして上映開始からなんと 1 時間 53 分もたって、いきなり時代劇編に突入)。

延々と戦国絵巻が続いたあと、 ヒロインの「みつ」(お市の方に仕える娘)が織田信長に逆らい、逆さはりつけになり湖に沈められて、時代劇編は完結する。 「みつ」の立場に自分を重ね、涙ぐむ彼女に対して、 笛の音の彼は、自分が NASA の宇宙パルサー研究員であり、 もうすぐ宇宙に旅立つのだと語る。 話の続きを語ろうとする彼に対して、 いきなり話をさえぎり、訊かれてもいないことを話し出すお市の方。
「遅い、もう遅いわよ、それに私はそんな幻の『みつ』じゃない、 いえ、違うわ、私はお市の方、自分の運命に従うしかないお市の方です」
……運命って何? さっき自分で決めたばかりの結婚のこと?

さて、結婚をひかえたお市の方は、 最後の仕事の客を取るのだが、 そこに現れたのがなんとも都合いいことに日夏だった! 今度は琵琶湖をテーマに音楽を作るらしい。 自慢げに
「琵琶湖の水の底に沈んだ女の恨み節…」
などと語りはじめて、 お市の方の怒りのデンパはレッドゾーンを振り切り EMP レベルに到達! ついに切れたお市の方、 いきなり (なぜか仕事場の部屋の片隅にある) シロの墓前から例の出刃包丁を取りだし、日夏に振りかざす。

逃げる日夏、出刃包丁を腰に追う女。 琵琶湖湖岸で最後のジョギング対決が始まったのだ。 またもやなぜかペースを気にするお市の方。
「日夏……日夏はこれから自分のペースで走る」
そして日夏は気がつく。
「そうだ、あの女なら意外に耐久力がある。 駒沢の第三コーナーのようにスパートし、そこでレースはおしまいになる」
とにかくひたすら走り続けてどちらもヘトヘト。

ついに琵琶湖大橋の上で追い付き、そしてなぜか追い越してしまうお市の方、
「勝った……シロ、長尾さん、淀さん、ローザ、そして倉田さん、勝った、あたしが勝ったわよ」
そうだ、これでシロの復讐は走ることで昇華されたのかも知れない。 まあいいことにするか…と思った瞬間、 お市の方はやおら出刃包丁を手に向き直り、 ブスリ。放物線を描き、ぷしゅしゅーーっ、と、水芸のように飛び散る日夏の血。
「お前なんかに、 琵琶湖に沈んだ女の恨み節なんて」
そしてもう一発とどめに、ブスリ。

そこに間髪を入れず、 轟音とともに打ち上がるスペースシャトル (ここだけは本物の NASA の映像)。 しかし宇宙空間に到達するといきなりショボすぎる特撮に転換 (特撮監督はやっぱり中野昭慶…)。 笛の音の彼は、宇宙空間で勝手な思いに耽けり、 笛を琵琶湖の上に「置いていく」のでありました。

そう、これがまさに「琵琶湖の絵の上に笛を置いた」ようにしか見えない素晴らしい特撮。 笛を突っつくと、慣性なんててんで無視して、あたかも「琵琶湖の絵の上に置いてある笛を突っついた」ようなリアルな動き! とても「2001 年宇宙の旅」から 10 年経った映画とは思えない素晴らしい特撮だ。

こうして 3 時間の異世界体験、終了!

いや、どうも宇宙に置いてきた笛が、 琵琶湖が何億年もたち「幻の湖」になっても見守り続ける、 というのが最後のテーマを導く結論らしい。 そもそも、高度 185km に置いた笛が、 琵琶湖の上にずっとあり続けるなんてことはあり得ないんだが (そもそも高度何キロであろうが赤道上でない限りそんなことはあり得ない)…、 なんてつまらない科学的なことは置いておいても、 とにかく他の部分がもう説明不能の物凄いデンパ度だ。

で、この作品って何がテーマだったのだろう…。

まあいいや、DVD 化にあたって、劇場スチールと予告編、特報が入っているのですが、 予告編や特報くらいは普通の映画に見えるように作ってあるのかと思えば、 これらも全然普通とは思えない。一体なんでこんな作品ができてしまったのだろう? まあ、大御所が暴走し出すと誰も止められないという構造だと思うけれども…。

まあとにかく、すごい映画だ。 的を全部外しまくったんだけど、 矢が飛んだ先に別の的が偶然あって全部ど真ん中にクリーンヒット、 というか…そんな奇跡の映画とでも言うべきだろうか。 素晴らしい。

ということで採点…星マイナス5個!


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