2001 年 11 月 9 日 (金) 自宅

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篠田 節子『弥勒 (講談社文庫)』

(文庫, 2001-10-16)


何と言っても読書の秋、 最近疲れて帰るとなにもやる気が起きなくなっている日が多いので、 つい本を読みまくってしまいます。 とは言ってもあまり気に入った本がないとここには書かないんですが、 久しぶりに気に入った本があったので、読書シリーズ復活、いってみようか。 ということで…。

最近読んだ本
篠田節子『弥勒』

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以前、『聖域』を読んだときにも書いた気がするけど、 この人の本は好きな作品とそうでもない作品の差が激しいです。 で、今回は…、すごい本です、これは。 こういう作品を書くことがあるから、 ついこの人はどんな作品が出ても買ってしまう自分が弱い。 男性作家で言えば真保裕一的なポジションを私の中では占めています (^^;。

ネタバレにあまりならない程度にさわりを紹介しましょう。 今回の作品の舞台になるのは、 かつてのチベットをさらに昇華したような架空のヒマラヤの小国、パスキム。 洗練された文化と人類の宝ともいうべき仏教美術を誇る王国です。 新聞社勤務の主人公は、 以前この国の首都 (ラサを思わせるイメージ) にいたことがあるのですが、 そこから持ち出しが厳しく制限されているはずの本物のパスキム仏教美術品が、 加工されて妻の髪飾りとなっていることを発見します。

そして調査の結果わかったことは、 パスキムで政変が起こり、外国人は追放となり、 人類の宝ともいうべき美術品の破壊が広く行われているというのです。 しかし、 「民主革命が進行中」という程度の情報を最後に連絡が途絶えたこの無名の小国に、 他の国々はほとんど注目していません。 主人公は新聞社などを動かし、 この危機を何とかしようとしますが、 さまざまな事情でうまくいかず、 ついに主人公は不法入国をしてパスキムに向かいます。 そこで主人公が見たものは、 クメール・ルージュを思わせるような革命集団によって「漂白された」、 ヒマラヤの小国の無惨な姿でした…。

というシチュエーションから物語は始まります。 物語のスタイルとしては、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』のような、 ヒマラヤの小国に訪れる異邦人が体験するドラマなのですが、 これが『セブン・イヤーズ・イン・チベット』などよりもはるかに重いです (この作品は全くのフィクションですが)。 明らかにポルポトのイメージを込めたと思われるリーダーの人間像とその革命の現実、 強制結婚させられた「妻」との心の通い合いなどを背景に、 パスキムと主人公は「善意で敷き詰められた地獄への道」を転げ落ちていきます。 圧巻のドラマです。

この作品にはテーマがあるんだかないんだかよくわかりません。 ただ、そこにあるのは現実より重い「現実」であり、 そこに翻弄されるうちに一気に読みきってしまう大作です。 久しぶりにかなりのお勧め。 今まで、ポルポトやクメール・ルージュというものについては、 通り一遍の教科書的な知識しかなかったので、 彼らが起こした事件というものには、 全く人知を越えた発想というイメージしかなかったのですが、 これを読んで、 少しはその理解ができるような気がしました (もちろん肯定はできません)。 世界情勢がこんなときだからこそ、読んでみたい本、です。


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